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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1582号 判決

東京都中央区日本橋三丁目一四番一〇号

控訴人(原告)

第一製薬株式会社

右代表者代表取締役

鈴木正

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

滝井朋子

吉利靖雄

大阪府池田市豊島北一丁目一六番一号

被控訴人(被告)

鶴原製薬株式会社

右代表者代表取締役

鶴原三郎

右訴訟代理人弁護士

上田潤二郎

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一億六九八九万円及びこれに対する平成一〇年一〇月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え(当審における訴えの変更)。

三  訴訟費用は第一審・第二審とも被控訴人の負担とする。

四  仮執行宣言

第二  事案の概要

(以下、控訴人を「原告」・被控訴人を「被告」という。)

本件は、原告の有していた先発医薬品の特許権存続期間中に、被告が後発医薬品(被告製剤)につき薬事法の製造承認を受けるために、これを製造使用して必要な各種試験を行ったことが特許権の侵害にあたるとして、損害賠償を求めた事案である。

なお、原告は、原審において、特許権、不正競争防止法二条一項五号(営業秘密の不正取得行為等)、不当利得返還(原状回復)請求権に基づき、(ア)被告製剤の製造販売差止と廃棄、(イ)被告製剤の製造承認の整理届提出、(ウ)薬価基準からの削除願の提出、及び(エ)損害賠償を求めていた(但し、損害賠償は特許権侵害のみを理由とする)が、原告の主張する特許権存続期間満了後の独占的利益保有期間(二七箇月)が経過したので、当審において訴えを変更し、右(ア)(イ)(ウ)の各請求を取り下げるとともに、(エ)の損害額を拡張したものである。

一  前提事実(争いがない)

原告の特許権(本件特許権)、被告の行為は、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「一 事実関係」に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  争点

1  本件特許権の存続期間中に、薬事法上の製造承認に必要な各種試験を行うため、被告が被告製剤を製造し使用したことが本件特許権の侵害にあたるか。

被告の右行為は特許法六九条の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」として許されるか。

2  特許権侵害にあたる場合の原告の損害額

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1に関する原告・被告双方の主張は、次に付加する他は、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に関する当事者の主張」の一の【原告の主張】【被告の主張】(原判決一一頁二行目から同二〇頁七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

【原告の補充主張】

1 特許制度は、新たな技術開発が社会経済全体にとって極めて重要であるとの価値評価を前提とし、技術というものがその一歩手前に位置する技術を基礎として進歩する性質を有することに鑑み、新たに開発された進歩的有用技術を可及的早期に社会に開示させるために、その開示者に対して一定の限定された期間内は、その開発技術に対する独占の保障を対価として与えるというものである。

したがって、その対価である独占権、すなわち特許権の対象である技術を勝手に第三者が使うことを当然に許されるのは、その第三者による無断の発明実施行為が、社会全体から見てなお一層の技術の進歩に役立つこと、少なくともその方向を目指していると評価できることが必須であるというべきであって、その一つが「試験研究」と評価される行為である。したがって、特許法が認める「試験研究」とは、少なくとも技術を次の段階に進歩せしめることを目的とするものでなければならない。例えば、特許発明が真に実施可能であるか、特許能力すなわち新規性・進歩性を保有しているかを確認する行為は、特許発明に係る技術を進歩せしめる前提となる行為として、広い意味において「試験研究」に含まれると解することができる。

他人の特許発明を無断で実施することが許される「試験研究」は右に述べたように、その実施行為が技術を次の段階に進歩させる目的を有していることが必須であるが、この目的はその実施行為の外形から判断されるものであることを要し、これをもって十分であるというべきである。真に主観的な内心の意思は、特許法の世界にはなじまない。

また、「試験研究」は技術を更に進歩させる目的を有する行為であることをもって必要十分と考えられるから、この要件を具備している限り、これに加えて、更に、経済的利益追求の目的が併存していることは「試験研究」であることの妨げとはならない。特許制度自体、もともと産業の発達に寄与することを目的とする経済的制度なのであるから、進歩的な新規有用技術の開発が経済的利益追求の動機に基づいていることはむしろ通常のことであると思われる。

2 もとより、特許制度も一国の全体的法制度の中に位置しているものである以上、公益と無縁ではありえないが、特許制度に関わる公益がどのようなものであるかは、この制度が設けられた右の趣旨に照して検討されなければならない。自由な経済活動や薬事法上の安全確認は、それぞれに公益に合致する行為であるといえるが、特許制度が、一定期間内に限って特許発明の実施にあたる行為を第三者に禁じているのは、これを制限してでも守られるべき他の公益が存すると評価したことによる。特許制度上は、これが第一の公益であると評価されるべきである。特許法以外の法域における公益と、特許法の要求する右の公益とが衝突する場合には、両公益が両立しうる範囲で解決がなされなければならない。

この観点からは、例えば国民の健康を守るという薬事法上の公益に基づく後発医薬品の試験は、特許権の存続期間経過後になされるべきこととすれば、両公益は完全に整合して両立しうるのである。殊に、特許法は、特に公益を重視して特許権を制限すべき場合には明文中にその旨を明記している(例、特許法九三条)ことからも窺いうるとおり、軽々に薬事法等の法益上の公益を理由として、当然に特許権を制限することは許されないといわなければならない。

3 後発医薬品とは、先発医薬品と同一の有効成分を同一量含む同一剤形の製剤で、かつ、先発医薬品と用法用量が同一の医薬品をいうのである。薬事法上、後発医薬品の製造承認申請に際して必要とされる資料は、

(1) 後発医薬品の規格および試験方法に関する資料

(2) 後発医薬品の流通期間中における品質の安定性を短期間で推定する目的で実施される「加速試験」に係る資料

(3) 後発医薬品が先発医薬品と生物学的に同等であることを証明する目的で実施される「生物学的同等性試験」に係る資料

のわずか三件が求められているのみである。

そして、先発医薬品の製造承認申請の場合に必要とされる当該医薬品の有効成分の毒性、薬理作用、吸収、分布、代謝、排泄および臨床試験等、安全性と有効性に関する種々の試験に関する資料については、先発医薬品会社が製造承認申請をするために実施した当該試験結果の文献等を利用して作成した資料を添付することで事足りるとされている。即ち、後発医薬品会社は、後発医薬品について、医薬品として使用するために必要なデータの大部分を、先発医薬品の製造承認申請のための多くの時間と多額の費用とをかけ多大な努力の結果集積された種々の試験結果のデータに依存しており、先発医薬品と実質的に同一であるという資料を提出しさえすればよいのである。

換言すれば、後発医薬品は、先発医薬品と差異があれば、最早、後発医薬品と認められず、先発医薬品の場合に求められる全ての試験を改めて要求されることになる。それゆえに、後発医薬品の製造承認申請に際して実施される、先発医薬品と同一であることを明らかにするための試験は当該試験の目的・性質から、技術を次の段階に進歩せしめるといったような科学技術の進歩に資する試験でないことは明らかである。

【被告の主張】

1 原告が有する本件特許権は、原判決別紙物件目録記載の塩酸セトラキサートを有効成分とする物質であって、その物質の内容は、本件特許公報や特許出願資料など特許権に関する公開資料に記載された限度において公開されている権利である。従って、公開されている特許公報や特許出願資料だけで、本件特許にかかる物質を具体的に作出することは容易ではない。しかし、この様な公開された特許公報や特許出願資料に基いて、特許にかかる物質を作出したり、作出する技術を開発したり、それに基づいて改良発明をすることは、勿論、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当し、その行為について特許権の効力は及ばないことは言うまでもない。

また、この様な試験研究の結果、知見や資料を得ることも特許権を侵害するものではなく、得られた資料を用いて医薬品製造承認の申請をし、これを取得し、薬価基準収載の申請をすることも特許権を侵害するものではない。

2 特許法六九条一項の「試験又は研究」には、技術を次の段階に進歩せしめることを目的とする「試験又は研究」に限るとの留保は付されていないし、また「試験又は研究」には、公益目的に資する「試験又は研究」に加えて、薬事法の規定に基づく医薬品の製造承認申請のための試験も含むと解するのが正当であるとされている(東京高裁平成一〇年三月三一日判決・判例時報一六三一号三頁)。

原告は、現在の分析技術及び開示されている資料等を利用すれば、先発医薬品と同一の後発医薬品を製造することは容易であると主張するが、原告が製造承認申請のために提出した処方内容等に関する資料は非公開であり、本件特許権の明細書等に記載された内容に依拠するだけでは現実に製剤を商品化することはできないから、被告には、自らの知識と研究の結果に基づき配合処分を試験研究したうえ、製剤の安定性を確保し、先発医薬品と同程度の生物学的利用能が認められる処方内容とすることが要請されているのである。

原告の主張する様に、先発医薬品を開発する場合と比較すれば、後発医薬品の試験又は研究に要する時間と費用は少なく済むとはいえ、それなりの知識、技術、経験に基づき、配合処方について試験研究を行い、製剤の安定性を確保し、原告製剤と同程度又はそれ以上の有効性を発揮させるよう、服用しやすい剤型を工夫するなどの技術開発を必要としている。

また、原告は、先発医薬品が品質的に優秀であって後発医薬品が劣悪の如く主張しているが、先発医薬品は、当然「新有効成分含有医薬品」として、人の生命・健康に対する安全性を確保するため特に製造承認には多数の厳格な資料を要求されることは当然である。しかし、後発医薬品も人の生命・健康に対する安全性を確保すべき要請がなされることは先発医薬品と同様であって、最低六箇月以上の期間を要する各種実験の実施及びそのデータの添付を求め、標準処理期間二年もの期間をかけて慎重に審査をし、先に製造承認をした先発医薬品について既に十分な資料による審査を経ており、その後の再審査においても何らの問題もない先発医薬品と品質において同等であり、同様の有効性・安全性があることを担保される場合に製造承認がなされている。従って製造承認の申請に当たり添付を要求される資料について「先発」「後発」によって添付する資料に相違があることは、前記審査の目的からの相違であって、試験の内容は質的には何ら相違はなく、ただ試験の項目が多義にわたっている点の相違である。

原告は、先発医薬品は既に広く販売されているので、現物を購入入手のうえ、一般的な極めて汎用的な分析手段を用いれば、先発医薬品の構成物質とその分量を知ることは何の造作もないと主張する。しかし、先発医薬品業者が製造承認を得るために添付した書類は企業秘密とされているので、どの様な資料により申請したかは不明である。また、仮に先発医薬品製造承認申請に関する書類を入手したとしても、当該医薬品の販売後の状況により往々にして先発医薬品の処方の一部が変更されている場合(例えば、錠剤の大きさの変更、フイルムコート材質の変更等により溶出パターンが変化する)があるので、分析した結果を盲目的に踏襲することはできず、後発医薬品としては、対照薬の選定にも注意し、安定性及び溶出性などについて、常に検証を重ね、医薬品の有効性・安全性を確保しながら同等な医薬品の製造を企画することは容易ではない。従って、先発医薬品でも、当初カプセル剤で販売していたものを錠剤への剤形追加をしたり、糖衣錠からフイルムコート錠へ変更したり、軟カプセル剤を錠剤に変更したりするケースもあり、これらは何らかの理由によって変更したものであり、後発医薬品メーカーも、錠剤毎の溶出率のばらつきの少い品質を確保できる様な製剤の開発に努めており、先発医薬品と同等と認められる範囲内において先発医薬品よりよい品質の医薬品を製造販売するために、常に技術の進展をめざした努力をしているものである。

二  争点2について

【原告の主張】

次に訂正する他は、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に関する当事者の主張」の五の【原告の主張】(原判決四四頁一〇行目から同五一頁六行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

1 原判決四五頁三行目「九年四月三〇日」を「一〇年四月一日」に、同三・四行目「八三三九万九六〇〇円の合計八八二八万九六〇〇円」を「一億六五〇〇万円の合計一億六九八九万円」に各改める。

2 同四七頁五行目「平成九年四月三〇日」を「平成一〇年四月一日」に、同六行目「八三三九万九六〇〇円」を「一億六五〇〇万円」に各改める。

3 同四八頁二・三行目「一億六八三三万三〇〇〇円」を「一億六八〇〇万円以上」に、同三・四行目「二億一一三三万三〇〇〇円」を「二億一一〇〇万円以上」に、同四行目「三億七九六六万六〇〇〇円」を「三億七九〇〇万円以上」に各改める。

4 同頁五行目「同月三〇日」から同九行目までを次のとおり改める。

「平成一〇年四月一日までの間の被告製剤の販売高は、薬価基準換算で、「セエルサートカプセル」二億円以上(薬価基準一六・七〇円)、「セエルサート細粒」二億四六〇〇万円以上(薬価基準二七・四〇円)の合計四億四六〇〇万円以上である。」

5 同四九頁初行「平成九年四月三〇日」を「平成一〇年四月一日」に、同三行目「四億一六九九万八〇〇〇円」を「八億二五〇〇万円」に、同三・四行目「八三三九万九六〇〇円」を「一億六五〇〇万円」に各改める。

【被告の主張】

原判決中の前記「第三 争点に関する当事者の主張」の五の【被告の主張】(原判決五一頁七行目から同五五頁初行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

当裁判所も、被告が薬事法の製造承認申請に必要な各種試験を行うため被告製剤を製造使用したことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、従って、原告の本件請求は理由がないものと認定判断するが、その理由は次のとおりである。

一  特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」の意義

1  特許法は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」(一条)と定めて、「発明の保護」と「発明の利用」との調和を図りつつ、発明の奨励すなわち技術の進歩による産業の発達を目指すことを明らかにしている。そして、右の目的を達成するために出願制度を採用し、登録された特許権については、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」(六八条本文)と定めて、特許権の独占的効力を保護する一方、特許出願の内容については公開を義務付けることによって技術内容を一般に公表し(六四条)、それによって広く発明の利用を促して新たな特許発明の出現を期し、また、特許権の存続期間を一定期間に限ることによって(六七条)、発明の保護にも限界を設け、それ以後は発明の自由な活用を保障して産業の活発化や社会生活の便宜をも図っているものである。

右のように、「発明の保護」を図る一方で「発明の利用」との調和を図り、全体として社会の技術水準を向上させて産業の発展を期するためには、公開された特許発明の技術内容を第三者が自由に調査研究して、その技術内容を確認し利用可能性の有無・程度等を検討する機会を十分に保障しなければならない。特許法が「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」(六九条一項)と定めているのも、そうした趣旨によるものと解される。

2  ところで、特定の特許発明に対する「試験又は研究」と目されるものの中にも様々な目的を有するものが考えられる。

(ア)当該特許発明を基礎として新たな技術の開発を目指し、あるいは当該特許発明の部分的改良を期すなどの積極的な応用を目的とする場合、(イ)特許権者から実施権の設定を受けるか否かを検討するため、あるいは将来存続期間満了後に自ら当該特許発明を実施するために、発明の技術内容を分析し確認しようとする場合、(ウ)そうした積極的な目的を持たず、単に発明の技術内容を理解し新たな知見を得ようとするに止まる場合、(エ)当該特許発明を迂回し特許権を侵害しないような技術を探索するという回避的な目的の場合、また、(オ)特許発明が従来の技術と比較してはたして新規性・進歩性等の特許要件を備えているか否かを追試験する場合、さらには、(カ)特許発明を故意に模倣して侵害品を製作し販売することを目的とする場合等である。

このように「試験又は研究」の中にも種々の態様があり得るのであるが、「試験又は研究」は、その目的の如何にかかわらず、少なくとも特許発明を検査分析してその技術内容を確認するという限度ではすべてに共通する面を有している。

「試験又は研究」が有する右のような共通の性格からすると、同項にいう「試験又は研究」とは、その結果が直ちに一定の成果として現われそれが直接技術の進展に寄与する場合に限らず、当該特許発明を多面的に検査分析することにより、当該発明の安定的利用に寄与し又は将来の技術の進展の基礎となるべき資料が得られるに止まって、いわば間接的に技術の進展に寄与するにすぎない場合をも含むものと解するのが相当である。

ところで、特許法六九条一項は、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」とのみ規定して、「試験又は研究」の内容について何らの限定をも付していないから、右規定の文言からみると、前記のような態様の「試験又は研究」のためにする実施のすべてに特許権の効力が及ばないと解する余地もある。

しかしながら、特許法六九条一項が設けられた趣旨が、前記のように「発明の保護」と「発明の利用」とを調和させ全体として社会の技術水準を向上させて産業の発展を期することにある以上、前記態様の「試験又は研究」のすべてに特許権の効力が及ばないものと解するのは相当でなく、同項の「試験又は研究」とはあくまで広く技術の進展に資するもの、あるいはそれを目的とするものでなければならず、特許権の存続期間内に販売目的で特許発明を用いた製品を製造・備蓄する等、前記(カ)のような態様の行為はもはや右の「試験又は研究」には当たらないというべきである。

二  後発医薬品の製造承認申請のためにする被告製剤の製造と特許法六九条一項の「試験又は研究」

1  後発医薬品の製造承認申請にあたっては、安全性を担保するため、〈1〉物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料としての「規格及び試験方法」〈2〉安定性に関する資料としての「加速試験」〈3〉吸収、分布、代謝、排泄に関する資料としての「生物学的同等性試験」、の各資料の添付が要求されている。

右の「規格及び試験方法」に関しては、名称・含量規格・性状・確認試験・製剤試験・定量法等の各項目についての検査等を行い、「加速試験」に関しては、六箇月以上一定の貯蔵温度で保存し品質が安定であることを確認し、「生物学的同等性試験」に関しては、後発医薬品を健康な人に投与してその血中濃度の変化を測定することが必要とされているが、後発医薬品を製剤として完成させるためには薬剤成分の構成の仕方、配合の諸条件やさらに剤形検討のための試験を欠かすことができない。(甲一五、三二)

2  右のように、後発医薬品の製造承認申請に当たっては、薬事法上要求される各種試験等は簡略化されているが、その試験を行うに際し、参酌すべき先発医薬品に関する情報は、特許明細書や製造承認申請資料等の公表された資料からのみではすべてを把握することはできない。

そのため、先発医薬品と同等の規格・品質を有する後発医薬品を製造するには、自らの知識・技術・経験に基き、配合処分について独自の規格を設定して試験や研究を行わなければならず、また、錠剤化技術についても、後発医薬品独自の規格に基いて試験方法を考案し、それに従って先発医薬品と同等あるいはそれ以上に服用しやすい剤型を工夫しなければならない(甲一五、三二、乙二、弁論の全趣旨)。

このように、後発医薬品の規格や製剤化に関する製造基準や試験方法は、後発医薬品メーカーが独自に有する技術内容であり、その研究成果を前記各試験を行うことによって点検し、少なくとも先発医薬品の規格・品質に相応する後発医薬品の製剤・用量・用法に関する技術上の知見を得ることができるのであるから、後発医薬品の製造承認申請に添付する資料を得るための各種試験等は、それが直ちに新規発明や利用発明等の製薬技術の進歩に直結するものでないとしても、その背後に製剤のための各種試験・研究を伴い、製薬技術に関する幅広い知見の修得という点で、科学技術の進展に寄与する側面を有しているものというべきである。

してみれば、特許権の存続期間満了後に後発医薬品の製造販売をする目的で、存続期間内に後発医薬品につき薬事法所定の各種試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるものと認めるのが相当である。

3  そして、被告が被告製剤につき薬事法の製造承認を受けたのは、「セエルサート細粒」が昭和六三年一一月七日、「セエルサートカプセル」が平成二年三月八日で、いずれも本件特許権の存続期間中ではあるが、被告製剤につき薬価基準の収載を受けたのは本件特許権の存続期間満了後の平成八年七月五日であるから、被告が被告製剤を製造したのはそれにつき薬事法の製造承認申請をする目的のためのみであって、本件特許権の存続期間満了前に販売目的で被告製剤を製造し備蓄する目的でなかったことは明らかである。

したがって、本件においても、被告が本件特許権の存続期間内に被告製剤の製造承認申請のために各種試験等を行うことは、「試験又は研究のための特許発明の実施」に当たり、本件特許権を侵害するものということはできない。

第五  結論

以上の次第で、被控訴人が被告製剤につき各種試験を行ったことが本件特許権を侵害し違法であることを前提とする控訴人の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当である。

よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成一〇年一一月二五日)

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官川神裕は海外出張につき署名押印できない。 裁判長裁判官 小林茂雄)

平成一〇年(ネ)第一五八二号特許権侵害差止請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成八年(ワ)第一二五〇五号)

更正決定

東京都中央区日本橋三丁目一四番一〇号

控訴人(原告) 第一製薬株式会社

右代表者代表取締役 鈴木正

右訴訟代理人弁護士 品川澄雄

同 滝井朋子

同 吉利靖雄

大阪府池田市豊島北一丁目一六番一号

被控訴人(被告) 鶴原製薬株式会社

右代表者代表取締役 鶴原三郎

右訴訟代理人弁護士 上田潤二郎

頭書事件につき当裁判所が平成一一年二月二五日言い渡した判決に明白な誤謬があるので、職権で次のとおり更正する。

主文

一 右判決主文第一項を次のとおり改める。

「一 本件控訴(当審で拡張された請求を含む)を棄却する。」

二 右判決三一頁一〇行目「本件請求」及び同三二頁二行目「本件控訴」の次に各「(当審で拡張された請求を含む)」を加える。

平成一一年二月二五日

大阪高等裁判所第八民事部

裁判長裁判官 小林茂雄

裁判官 小原卓雄

裁判官 山田陽三

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